部下への指示に迷ったら――雇用契約から考える管理職の判断基準

管理職が忘れがちな、当たり前だけれど大切なこと|第2話

「それは、自分の仕事でしょうか」

部下からそう聞かれて、言葉に詰まったことはありませんか。「みんなやっている」「私が若いころは当然だった」。忙しいときほど、そう返したくなるかもしれません。

一方で、上司からの指示を部下に伝えながら、「ここまで求めてよいのだろうか」と感じることもあるでしょう。経営者の方にも、「会社に必要な仕事なのに、なぜ伝わらないのか」というもどかしさがあると思います。

そんなとき、伝え方を工夫する前に、一度確かめていただきたいことがあります。

自分の常識で求める前に、会社と社員は何を約束しているのか。

第1話では、組織の目的に立ち返ることをお伝えしました。今回は、その目的に向かって仕事をする前提となる「雇用契約」から、管理職の判断を考えます。

目次

「当然やるべき」の根拠は何でしょうか

仕事の頼み方や部下への期待には、自分が育ってきた職場の影響が表れます。先輩に教わったやり方や、苦労して身につけた姿勢を、部下にも大切にしてほしい。それ自体は自然な気持ちです。

ただ、自分が大切にしてきたことが、そのまま会社として求められることになるとは限りません。

「以前からそうしている」「あの部長が言っている」「自分もやってきた」。こうした説明だけでは、会社として仕事を求める根拠が見えにくくなります。

まずは、今回の仕事が会社にとってなぜ必要で、本人にどのような役割があるのかを確かめてみてください。慣習や個人の考えを、会社と社員の約束に照らして考え直す。雇用契約を意識する意味は、ここにあります。

雇用契約は、会社と社員の双方の約束です

雇用契約と聞くと、入社時の書類を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、その内容は、日々の仕事にも関わっています。

労働契約法第6条は、社員が会社の下で働き、会社がその対価として賃金を支払うことへの合意によって、労働契約が成立すると定めています。また、同法は、双方が契約を誠実に守ることや、会社が働く人の安全に必要な配慮をすることも定めています。[1]

つまり、社員に仕事上の役割があると同時に、会社側にも果たすべき約束があります。

管理職が確認したいのは、どのような業務や働き方を前提に雇用し、何を担当してもらっているのかということです。雇用契約書や労働条件通知書、就業規則などと、実際の役割分担を、人事担当者と確かめておきましょう。

なお、日々の業務分担のすべてが契約書に書かれているわけではありません。契約などの前提を踏まえて、具体的な仕事や期待する行動を示すことも、管理職の役割です。

「会社のため」でも、指示には範囲があります

会社の目的に沿う仕事なら、どのような指示でも出せるのでしょうか。

業務命令の根拠は労働契約にあり、指示する人にも、会社から与えられた権限が必要です。合理的な限度を超える命令や、違法行為を求める命令などは、従うべき命令とはいえません。[2]

たとえ経営者や有力な社員の要望であっても、その立場だけで指示の妥当性が決まるわけではありません。

反対に、社員が「自分の仕事ではない」と感じたからといって、それだけで担当する義務がなくなるわけでもありません。契約内容や、職種を限定する合意の有無など、具体的な事情を確認する必要があります。

上司の意向にも、部下の希望にも、それだけで結論を決めず、双方の約束から考える。この姿勢が、管理職の判断を支えます。

「やりたくない」と「できない」を決めつけない

たとえば、営業担当者に週次の案件報告を求めたところ、「営業活動に時間を使いたいので、報告書は必要ないと思います」と言われたとします。

「決まりだから出して」で終える前に、その報告が何のために必要なのかを整理してみてください。受注の見通しを共有し、納期や人員を調整するためなら、担当者だけで完結しない、組織として必要な仕事です。

そのうえで、本人が何に困っているかを聞きます。報告の目的が分からないのか、入力項目が多すぎるのか、別の資料と重複しているのか。それによって、説明すべきことと見直すべきことが変わります。

「案件情報の共有は、あなたの担当業務として必要です。ただ、入力が重複しているなら整理したい。納期や人員の調整に必要な情報は残して、方法を見直しましょう」

必要な役割を明確にしながら、進め方の問題にも対応する。このように考えると、服従させるか、希望を受け入れるかという二択から、話を進められます。

人によって求めることが変わっていませんか

同じ役割の社員でも、主張の強い人には報告を求めず、頼みやすい人には細かく求める。そんな運用になっていないでしょうか。

管理職にも、衝突を避けたい、忙しい中で早く仕事を進めたいという事情はあると思います。ただ、それが続くと、協力的な人ほど負担を引き受けることになりかねません。

役割や経験、担当案件が違えば、報告の内容や支援の仕方が違うことはあります。大切なのは、その違いを仕事上の理由から説明できることです。

「その人には言いにくいから」ではなく、「この役割には、この情報共有が必要だから」と説明できるか。雇用契約や役割を意識することは、管理職自身が、人間関係に流されていないかを確かめる助けにもなります。

経営者・人事責任者にも整えてほしいこと

管理職に「部下をうまく動かしてほしい」と求めるなら、その前提となる役割やルールを、会社として示しておく必要があります。

何を担当してもらうのか、誰が指示を出すのか、判断に迷ったときは誰に確認するのか。ここが曖昧なままでは、管理職は自分の経験や社内の力関係に頼らざるを得ません。

社員の担当や働き方を見直す場合も、「今までそうだったから」で進めず、契約や規程を確認します。判断に迷う事項は、人事担当者や必要に応じて弁護士・社会保険労務士などに相談してください。

管理職自身も会社との約束の下で働き、会社から役割と権限を与えられています。部下への指示に迷ったときは、自分が何を任されているのかを確認することも大切です。

次に指示を出す前に、約束と役割を確かめてみる

最近、部下とのやり取りで引っかかった場面を、一つ思い浮かべてください。

自分は何を「当然」と考えていたでしょうか。それは会社と社員の約束や役割に基づくものだったでしょうか。そして、部下が疑問や負担を感じていた点を、確かめられたでしょうか。

私は、こうした問い直しを重ねることが、公平で筋の通った判断につながると考えています。管理職自身も、何を根拠に伝えるかを整理できれば、説明や相談がしやすくなります。

約束と役割を明確にする「組織の仕組み」と、疑問や不安を話せる「人の心」への働きかけ。その両面から、必要な仕事に取り組める職場をつくっていきましょう。

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参考にした公的情報

公的情報確認日:2026年10月25日

[1]厚生労働省 労働契約法(第3〜6条)

[2]広島県 労働相談Q&A 業務命令権を有する使用者とは、どのような範囲の者か

本記事は一般的な考え方を説明するものです。個別の指示の適法性は、契約内容や具体的な事情に応じた確認が必要です。

執筆:メンタルプログレス代表 山口幹生/組織マネジメント強化アドバイザー

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この記事を書いた人

職場や生活で強い不安やストレスを抱えてお悩みのあなたを、企業経験30年(人事労務を担当した15年ではメンタル不調者への産業医と連携した対応経験が豊富)、メンタルクリニックでの患者さんへのカウンセリングによる支援、社外メンターとしての成長支援、SNS相談員として命と心、LGBTQなどの相談対応などの経験をベースにサポートいたします。

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