想像力はなぜ人を進化させたのか?【前編】― 記憶の再構成と未来予測の脳科学

目次

1.未来は存在していないのに、なぜこんなにリアルなのか

まだ始まっていない会議の場面を思い浮かべる。
まだ届いていない上司のメールの内容を予想する。
まだ発表されていない人事評価の結果を想像する。

未来は存在していません。

それでも、私たちの心拍数は上がり、
手のひらに汗をかき、
眠れなくなることさえあります。

なぜでしょうか。

答えは、「想像力」にあります。


2.想像は「記憶の再構成」である

神経科学の研究では、

過去を思い出すときと、未来を想像するとき、
ほぼ同じ脳領域が活動することが示されています。

この分野で有名なのが、
カナダの心理学者 Endel Tulving によるエピソード記憶研究です。

さらに、
ハーバード大学の Daniel L. Schacter ら(2007)の研究では、
「未来を想像すること(prospection)」が
記憶の再構成プロセスと密接に関連していることが示されています
(Schacter, Addis & Buckner, 2007, Nature Reviews Neuroscience)。

つまり、

未来はゼロから作られているのではなく、
過去の記憶を材料にして脳が組み立て直しているのです。


3.デフォルトモードネットワークとは何か?

ここで登場するのが
デフォルトモードネットワーク(DMN)です。

難しい言葉ですが、シンプルに言えば、

「ぼんやりしているときに働く脳の回路」です。

たとえば、

・通勤電車で窓の外を見ているとき
・シャワーを浴びながら考え事をしているとき
・過去の出来事を思い出しているとき

このとき活動しているのがDMNです。

このネットワークは、

・自己について考える
・過去を思い出す
・未来を想像する

ときに強く働きます。

つまり、未来を描くことは、
脳にとって“特別な作業”ではなく、
標準装備なのです。


4.なぜ脳は「再構成」するのか?

ここが重要です。

なぜ脳は、記憶をそのまま保存するのではなく、
わざわざ組み立て直すのでしょうか。

それは、

未来に適応するためです。

脳は「保存装置」ではなく、
「予測装置」です。

私たちは常に、

・次に何が起こるか
・どう行動すればよいか
・安全かどうか

を予測しています。

記憶をそのまま再生するのではなく、
「今の目的」に合わせて再構成するのは、
未来に役立てるためです。

営業マンが過去の商談を思い出すとき、
単なる思い出ではなく、

「次はどうするか?」という文脈で再構成しています。

記憶は、未来のための材料なのです。


5.それでも人類は“新しいもの”を生み出してきた

「記憶の再構成なら、新しいものは生まれないのでは?」

そう思うかもしれません。

しかしTulvingは、
エピソード記憶を「心的時間旅行」と表現しました。

私たちは過去を材料に、
未来を組み立てることができる。

さらにSchacterらは、
未来想像が創造性と関係することを示しています。

ここで思い出したいのが、
入山章栄 氏の議論です。

著書『世界標準の経営理論』(2019)では、
イノベーションは

・知の探索(exploration)
・知の深化(exploitation)

の組み合わせで生まれると説明されています。

既存知識を深めるだけでは革新は起きない。
異なる知を組み合わせることで新しい価値が生まれる。

これはまさに、
脳の再構成プロセスと重なります。

材料は既存でも、
組み合わせは無限なのです。


6.未来予測は、生存戦略だった

約600万年前、人類の祖先は分岐しました。

かつては森林減少によって地上へ降りたと説明されましたが、
現在は「モザイク環境」説が有力です。

モザイク環境とは、

森林と草原がまだら模様のように混在する環境です。

完全な森でも、完全な草原でもない。

その変化の激しい環境では、

「今ここ」だけを見ていては生き残れません。

水場はどこか。
捕食者はどこか。
次の移動先は安全か。

未来を予測できる個体が、生き延びました。

将来展望は、
人類を進化させた機能だったのです。

私たちの脳は、危険を回避するためにネガティブな未来を優先的に想像する傾向があります。その仕組みを脳科学の視点から詳しく知りたい方は、こちらの記事も参考になります。

▶ 脳の仕組みから見る、社交不安と“行動できない自分”


7.想像力は諸刃の剣 ― ある物語

ある営業職の男性がいます。

来週、大きなプレゼンがあります。

彼の頭の中では、

・資料を読み間違える
・上司に叱責される
・取引が破談になる

という映像が繰り返されます。

夜も眠れません。

しかし同じ想像力を使えば、

・落ち着いて話せている自分
・質問に丁寧に答える自分
・うまくいかなかったとしても学びを得る自分

も描けるはずです。

想像力は変わっていません。

違うのは、未来の組み立て方です。

想像力は、

私たちを縛る力にもなり、
前に進める力にもなります。

もしあなたが「評価が怖い」「どうせ否定されるに違いない」と感じているなら、それは想像力が暴走している状態かもしれません。不安と他人評価の関係については、こちらの記事でも詳しく解説しています。

▶ 他人の評価が怖いとき、自分を責めなくていい理由


前編のまとめ ― 仕事にどう活かせるか

仕事のストレスの多くは、

現実よりも、未来予測から生まれます。

しかし未来は、
脳が組み立てています。

ということは、

描き方を変えれば、
行動も変わる。

前向きな思考とは、
楽観ではありません。

未来の組み立て方を変えることです。

後編では、

この「未来の再構成」を
どうやって実践するのかを具体的に見ていきます。


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この記事を書いた人

職場や生活で強い不安やストレスを抱えてお悩みのあなたを、企業経験30年(人事労務を担当した15年ではメンタル不調者への産業医と連携した対応経験が豊富)、メンタルクリニックでの患者さんへのカウンセリングによる支援、社外メンターとしての成長支援、SNS相談員として命と心、LGBTQなどの相談対応などの経験をベースにサポートいたします。

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